第57回MFJグランプリモトクロス大会にて
Team HRC山本 鯨のチャンピオン獲得で沸くスポーツランドSUGOのMXコースで、もうひとつの盛り上がりがあった。それが、レジェンドライダーによるサイン会だった。レジェンドとして登場したのは、鈴木忠男、吉村太一、鈴木秀明、東福寺保雄の4名。1960年代から90年代にかけて大活躍した日本を代表するスター選手ばかりで年配のMXファンには堪らない豪華な顔ぶれだ。スポーツランドSUGOがグランプリに合わせレジェンドライダースクラブ(LRC)を通して招へいしてくれたのだ。LRC事務局のお手伝いをさせていただいている関係で私も現地に伺った。
サイン会は第一パドックのSUGOイベントステージ隣に設けられた「MFJレジェンドライダースクラブ」テント前。レジェンドが席についた瞬間から一気に人が増えサインを求める列ができ始めた。
サイン用の写真もニクかった。レジェンドのお気に入りの走行ショットを事前にSUGOがハガキ大にプリントして用意してくれていたのだ。いわばレジェンドの限定ブロマイド。そこに、目の前でサインしてくれるという手筈になっていた。
だからサインの列が途切れない。多分、サインをもらい終わった人の口コミも影響したのだろう、さらに人が増え続ける。そうこうしているうちにオフィシャルもその列に並び始めた。MXファンは熱い人が多いが、もちろんオフィシャルだってMXが好きで携わっている。立場上自粛するものだが、この日ばかりはこらえきれなかったに違いない。そして、ついにはプレスまで並び始めた。プレスは報道という任務を負っている。だから選手に近い場所にいることが許されているが、公私混同してサインなどもらっていたら仕事にならない。プレスの仕事を長年やっていても選手のサインは持っていないものだ。それがサインを求めてつい並んでしまっているのだ。気が付くとMXプレスの最重鎮までもが…。
こんな光景はこれまで見たことがなかった。レジェンドの人選が良かったのか、ブロマイドが良かったのか、スポーツランドSUGOのすべてを許容してくれた寛大な精神が良かったのか…。ただ、あの瞬間、あの場所は、ファンや関係者のレジェンドを尊敬する気持ちと、レジェンドのサービス精神が絡み合い、なんとも言いようのない温かい雰囲気に包まれていた。
鈴木秀明さんがゆっくりと語り始めた。「ボクにとっても忠さんはレジェンドです。レースを始めたころは東京の横田基地内のMXコースでレースをしていました。その草レースに当時の最高クラスにいた忠さんが見学に来たのです。忠さんは横田基地にいるMX関係者の間でもスター中のスターでした。『こんな辺鄙な場所に、本当に忠さんが来るの!?』と思いました。忠さんはマツダ・ルーチェから降りて来ました。横田基地にいたMX参加者の視線が忠さんに集まります。カッコよかったな、その姿を今でも覚えています。その忠さんが、当日最後のオープンクラスレースに急きょ出場することになったのです。忠さんは何も用意してきていません。そのためボクのバイクを貸して欲しいというのです。もちろん喜んで提供させていただきました」。
見学に来ただけなのに、誰かに促されたのだろう、いきなりレースに出場する。隣にいた鈴木忠男さんが「当時はなんでもアリだったんだ」とニヤリとする。
秀明さんが続ける。「忠さんが走り始めると、ボクとの違いがはっきり分かりました。排気音の音量が全く違うのです。ボクもその前のレースで真剣に走って優勝している。でも忠さんが乗ると同じバイクでもさらに大きな排気音になり、その大きい音がコース上を持続していくのです」
オープンクラスでは、もちろん忠さんが優勝した。秀明少年が、忠さんをますます尊敬したことは想像に難くない。数年後、秀明少年が初の全日本に出るために津軽海峡を渡り北海道の会場に着いた時に出迎えてくれたのが忠さんだった。秀明さんは、憧れの忠さんが自分を覚えていてくれたことを50年以上たった今でも感謝している。
レジェンドに憧れ、やがてレジェンドになり、次の世代へ夢をつむいでいく。
今回のレースプログラム巻頭見開き記事「We LOVE Motocross! 」で、佐藤加世子さんが「とことん頑張る、子供の決め!!」というタイトルで、「大人のライダーの皆さん、子供たちが憧れるような、そんなレースをSUGOで見せてください」と呼びかけていた。加世子さんは1980年代から毎年ヨーロッパに足を運び現地で世界選手権を取材したベテラン記者だ。幼少のころから見守ったステファン・エバーツが、やがて成長してタイトルを獲得し、レジェンドになっていく日々を発信し続けてきた。
サイン会の列には、ついに、このWeb Magazine TRACTIONS編集長の森さんまでもが並んだ。森さんは渡辺 明、籐 秀信と同世代のモトクロスライダーだった。「忠さん、太一さん、秀明さんは僕にとってもレジェンドだったんです。プレスを始めてから初めてサインをもらいました」と照れくさそう笑った。
憧れ続けた先にあった至福のひととき。レジェンドが、レジェンドに憧れ、ファンも一体になってあの時代を懐かしんだ。
山本 鯨とそのチャンピオン獲得をこの日見とどけたファンと関係者は、これから40-50年後のレジェンド・イベントで再会し、きっと同じ思いを抱くことだろう。モトクロスの時代は、モトクロスを大切にする人たちの手によってていねいに紡がれていく。
(フルヤ シゲハル)