オーストリアGP優勝を反芻

嬉しいことは何度も思い返したい。そんな時は雑誌がいい友達になってくれる。そうだ記念に雑誌を買おう。知り合いは昨日のうちに手に入れたようだ。翌朝さっそく買いに出た。ところが、書店に置いてない。1軒目、2軒目、3軒目、焦りが募っていく。

F1クイズ」という世に知られていないクラブがある。僕は、創立からのメンバーだ。みんなが顔を合わせるのは年に1回。食べ放題、飲み放題3,500円/1人の中華が多い。

そこで、その年の表彰式が行なわれる。シーズン前に予想したランキング1位から10位のドライバーに対し、当たればその順位に対応した251815121086421ポイント が与えられる。また、各GPごとにホンダ・パワーユニットを搭載しているチームのドライバー順位を当てる。今年は、アストンマーティン・レッドブル・レーシングが対象で、マックス・フェルスタッペンとピエール・ガスリーの順位を毎レース前に投票する。先日行われたオーストリアGPの結果は、フェルスタッペン1位、ガスリー7位だから、両名当てれば256ポイントを得ることが出来る。これらを合算して年度末に表彰式をするわけだ。

表彰式と言っても、賞金が出るわけではない。ほんの些細な記念品が渡されるだけだ。ただし、飲み会での席順が変わる。13人のメンバーはこの名誉にかけている。こんな会が4年目を迎えた。昨年までは、ほとんどのGPで当選者がいなかったが、今年は様相が違う。第1戦のオーストラリアGPからメンバーの誰かが必ず当てているし、両ドライバーを当てる猛者も出る始末だ。みんなホンダのパワーユニットが安定して力を発揮していることを心から喜んでいる。

昨晩、メンバーのひとりからメールが入った。「F速買いました。これから爆読します!」。『そうか、今日はF1速報オーストリアGP号の発売日だったんだ』。退職してから曜日の感覚が弱くなってきた。しまった、記念号なのに買い逃してしまったか。僕がメールを開封したのは書店が閉店した後だった。

やきもきする一晩を過ごし、朝10時きっかりに駅前の文教堂書店をのぞく。するとどうだろう、クルマ・バイク書棚に「F1速報」が一冊も無いのだ。『ヤバイ』血の気が引いた。しゃがみ込んで書棚整理をしている店員さんに聞くと端末を使って調べてくれた。「当店では取り扱いがありません。お取り寄せになります」。そうか、売り切れたのではなく、その昔「クルマの」と接頭語の付いた文教堂さんでも取り扱いが無いのか。これが時代の変化というものか…。

サンダル履きのまま電車に飛び乗り吉祥寺に向かう。そこなら大手書店がずらりとある。一度家に帰って着替えようかとも思ったが、その間に売り切れてしまってはたまらない。

中央線上り快速は三鷹駅で特快の待ち合わせがある。時間が刻々と過ぎてゆく。ちょっと前なら三鷹の駅中アトレにブックエクスプレスが入っていた。今は無印良品に変わっている。気持ちが焦る。

吉祥寺は東急デパート8階に紀伊国屋書店がある。サンダルにジャージで東急に入るのは気が引けたが、今は格好を気にしているわけにはいかない。エレベーターで一気に8階まで上がり書棚を目指す。しかし、無い、ここにも無い。レジで問い合わせる。「昨日発売だったようですが、当店ではお取り扱いがありません」 。ガックリ。

東急を出て、本町新通りに入る手前でごま油のいい香りが漂ってきた。天ぷらの金子屋が昼食の支度をしている。『いやいや今は食事どころではない。F速を手に入れることを考えるのだ』。

コピス吉祥寺B6-7階にはジュンク堂が入っている。吉祥寺の書店はなんとオシャレできれいなところばかりなのだろう。寝起きのオジサンが、ジャージとサンダル履きで来るようなところではない。そのジュンク堂でも望みは絶たれた。「以前は取り扱いがあったそうなんですが、今はなくて…。お取り寄せになりますが…」レジ嬢が申し訳なさそうにしている。

仕方がない。ならば、キラリナ7階にある啓文堂に寄ろう。どんどんオシャレな場所になっていくのが気にかかる。

コピスからキラリナに最短で行くために路地を抜ける。ブラッスリー・エディブルの前には、おいしいに決まっているランチを求めて列ができ始めている。

血走った目をしながらキラリナに入り、エスカレーターで7階を目指す。なんとしてでもF速にありつきたい。そんな願いも一瞬にして砕けた。レジで哀願するも、「搬入ありませんのでお取り寄せになります」という返答だった。

最期の望みの綱は、ブックファーストだった。吉祥寺駅2階に「アトレ吉祥寺店」 が入っている。いつもお客さんで賑わっているあの書店だ。

『よかったー』。ここの書棚でやっとF1速報オーストリアGP号に出会えた。6冊のF速がメンチンされていたのだ(業界用語で表紙を見せる陳列方法)。『ありがとう、ブックファースト』。心の中でレジ嬢の手を握りしめた。

F速を手にするとすぐに読みたくなってきた。子供のころは、本を買うと家に帰るのが待ちきれず、歩きながら読んで電信柱にぶつかったことが何度かあった。この歳になってさすがにそれはまずいだろう。店を探そう。

「ブックファースト・アトレ吉祥寺店」からほど近い場所に、ロマンスグレイのオーナーシェフが、厳選したチーズを手焼きしてくれるトニーズピザがある。『よし、ここにしよう』と決めかけたが、『人気店で女性客も多い。また日をあらためよう』と思い直す。

今日のカッコをそのまま受け入れてくれるのは、やはりあそこだろう。オジサンにはオジサンの聖地が似合っている。いせや総本店に入りうながされるままカウンターに座った。そして赤星大瓶に焼売を頼み終えてようやく落ち着いた。串焼きの煙が漂う中、僕はページをめくり始めた。

 

<本日の出費>

F1速報 2019年 第9戦 オーストリアGP号:850

いせや総本店:910

+電車賃 也

 

フルヤ シゲハル 

 

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